ポートワインと薔薇についての個人的考察

 また接続詞を間違えた。文章をタイプする腕は重々しくて、頭は霞がかったようにはっきりとしない。私は月一の煩わしい生命反応に振り回されていた。ああ、早く歳を取って上がってしまいたい。子宮の収縮運動は今日も私が生殖活動しなかったことを責め立てる。ああ、もう、と思ってワード画面を閉じた。仕事にならない。私は雑文を書くことを生業としているけれど、こんな状態じゃ考えるどころか、手元すら危うい。頭も腰もお腹も痛いけれど、うまく五体が動かない。制御できていない。やっとのことでソファに身を横たえると霞む思考が睡魔に奪われていくのを感じた。

 冷えた手先と足先がずいぶんと温かくなったのを感じて、私は目を覚ました。ブランケットがいつの間にか掛けられていて、ぼんやりした頭で奈美絵が帰ってきたのかと思った。奈美絵は大学で英語の講師をしている。私の恋人であり同居人だ。
「奈美絵ー、奈美絵ー」
 私は部屋から恋人を呼ぶと、奈美絵は部屋着に着替え、外ではしない眼鏡を掛けて、私の部屋を覗いた。
「あんた無精もそのくらいにしておきなさいよ」
「今、生理なんだよ。少しくらい優しくしてよ」
 はいはいと奈美絵は面倒くさそうだが私のことを気にかけてくれている。ブランケットも奈美絵が掛けてくれたものだ。
「ヨーグルトと鎮痛剤があるはずだから取ってきてー」
 ここぞとばかり私は奈美絵に甘える。生理は私と奈美絵のパワー・バランスを少し変える。私の方が年上だからしっかりしなくては、という気負いはこのときほど無効になるときは、ない。

 奈美絵との出会いはまさしく「女性的」な形だった。ツテがある出版社の創立記念パーティーで私はひとりトイレに籠っていた。不正出血が起こったのだ。小さなクラッチバッグの中にはナプキンもタンポンもなかった。どうしようと途方に暮れていた私はトイレに入ってきた奈美絵に声をかけたのだ。
「あの、生理用品持ってませんか?」
「タンポンでよろしかったら」
 私は奈美絵が女神のように後光が差して見えた。
「ありがとうございます。お礼は……」
 奈美絵はそんなものいらないと言うように首を横に振って笑った。個室に入ると私の身体から流れ出す鮮血が今までとは違って見えた。女の義務を果たさない罰をうけているのに、その血はまるでシェリー酒のように甘美なもののように思えた。そのあと担当編集者が奈美絵を紹介してきたので、私は面映ゆい気持ちで奈美絵と対面した。奈美絵は私が赤のポートワインを飲んでいるのを見て、笑った。打ち解けるための出来事なんてこれ以上、必要なかった。

「はい、良子さん」
 アロエヨーグルトとカモミールティに鎮痛剤にミネラルウォーター。このパーフェクトすぎるチョイスに私は少し不満だ。
「エスプレッソが飲みたい」
「わがまま言わないでよ。それよりピル飲んだら? ずいぶん軽くなるみたいよ」
 奈美絵の月経は軽い。だからあくまで他人事なのだ。
「煙草を吸っているからダメ。血栓が出来て早死にすることになるから」
「じゃあ煙草を止めなさい」
「漢方は飲んでいるもん」
 やれやれと言った感じで奈美絵は肩を竦めた。私はいつの間にか空腹を覚えていたのでヨーグルトをゆっくりと味わった。勿論、奈美絵がいれてくれたカモミールティも。ふふふ、と私は笑ってみせると奈美絵は不思議そうな表情をして私の顔を覗き込んだ。
「なに笑っているの?」
「奈美絵と初めて会ったときのことを思い出しただけ」
「まったく良子さんは悪趣味だよね。あの時に赤ワインなんて飲んでいるんだから」
「生理の血って嫌いじゃないの。生理痛は嫌いだけど」
 それってどういう理論? と言って奈美絵は笑う。あなたは知らないでしょう、奈美絵。あなたの身体の一部が流れて、私のくちびるを汚すときにどんな背徳感を覚えているかなんて。私はそう思った。一種のカニバリズム妄想が私の欲望に火をつける。奈美絵の指に自分のそれと絡め合うと、奈美絵はそれが何を意味するか知って、手を引っ込めた。
「良子さん、生理痛ひどいんじゃなかったの?」
「薬、飲んだからもう大丈夫。私に触れなくていいから……」
 触れさせて、お願いと私は奈美絵に懇願して、離れた手をもう一度、引き寄せた。
「大人なんだから、もっと自制しなさいよ」
「大人だから、自制なんてしないのよ」
 そう言ってソファに奈美絵を押し倒した。

 触れなくてもいいと言ったのに奈美絵は触れられることだけで満たされず、私を暴いた。そのせいでシーツには赤黒い染みができた。
 行為のあと、奈美絵は服を着ているとひとり言のように呟く。
「経血って甘いのね。良子さんがポートワインを飲んでいたのも分かる気がする」
「じっくり味わった?」
 私が聞くと奈美絵はもちろん、と答えた。
「いや、そこは否定するところでしょ」
 半分、呆れかえって、行為後の羞恥で私は頬を染めた。
「ポートワイン買いに行かない?」
「その前にシーツを浸けておかないと、奈美絵、シーツをはがすの手伝って」
「良子さん、もっといちゃいちゃしようよ」
 せっかく久しぶりに味わったんだからと奈美絵は私に甘えてくる。私はどうも事後というのがどうも気恥ずかしくて、せかせかと動いてしまう。
「染みになっちゃう」
 私はシーツをはぎながら、奈美絵をあやす。
「ポートワインを買って、ついでに花屋さん行こう」
「なんでよ?」
「良子さんの大事なところはまるで薔薇の花びらみたいって思ったから」
 奈美絵は二人しかいないのに私の耳元で囁いた。私は耳まで赤くなった。この子はと呆れつつ、悪い気はしなかった。
 薔薇を買いに行きましょう。赤のポートワインを飲みつつ、くだらないお喋りで時間をつぶしましょう。女はそれで出来ているのだから。

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