リップクリーム

 眠くなりそうな昼下がりの図書館、いちご牛乳を飲んでいると宮下がシチュエーションにそぐわない言葉を言い放った。
「今付き合っているひと、キス下手なんだよね」
 私は思わずいちご牛乳を吹き出しそうになった。異性交際を禁じられているこの閉じた女子校でこんなことを言う猛者は宮下くらいだろう。だから友達も少ない。
「風紀委員の私によくそんなこと言えるわね」
「んー? 純ちゃんは告げ口したりしないでしょ」
「だからと言って昼間からする話題じゃない」
「うぶだねえ。純ちゃんは」
 あ、ちょっと見下されたと気づくと宮下に反応するのも馬鹿らしくなってブレザーの制服からリップクリームを取りだしてせっせとくちびるに塗った。別に誰に見せつけるわけでもないけれど髪の毛だって爪のお手入れだって私は怠ったりしない。粗暴な宮下とは違うんです。そういうアピール。
「どこのリップ使ってるの?」
「教えない」
「純ちゃん、つれなーい」
 そう言うと宮下は私の顔を自分のほうに向けてきた。手馴れた手つきで髪を梳きながら私の頬を支える。そして宮下の顔が間近に近づいてきて思わず私は目を閉じた。ふっくらとした感触そして舌のぬめり、私はキスされているんだと気づいて目を開けて宮下のことを振り払おうとしたが手はきっちりとホールドされている。長い接吻の後に私は頬を紅潮させるしかなかった。
「薔薇の香りがするリップなんてめずらしいね。今日放課後買いに行く」
「……そのためにキスしたの?」
「うん? そうだけど?」
 私は宮下に軽くデコピンをした。だって純ちゃん教えてくれないんだもんなどと言うから始末におけない。
「こういうことは戯れにすることじゃない」
「戯れじゃなかったらいいの?」
 私は不覚にも宮下の満面の笑顔にときめいてしまった。
「宮下はこういうのどこで売ってるのかしらないでしょ?」
「何、付き合ってくれるの?」
「お店教えるだけだよ」
「純ちゃん大好き。愛してる」
 きっとそんな言葉を信じているのは私だけ。

Page Top
inserted by FC2 system