魔法のように

「あ、この映画気になってるんだ」
 授業の合間、開いていた雑誌をナオが覗いてきて、ナオが示す先を私も見つめる。
「私も。今度の日曜日観に行こうと思ってるんだ」
 ひとりで、と付け足そうとするとナオはウィンクしてみせた。
「じゃあ一緒に観に行こう。映画鑑賞が初デート。いいでしょう?」
 私は赤くなってしまって答えられず、始業の号令がかかってしまった。しかしナオにはそれで十分わかったらしい。

 つま先の丸いバレエシューズにお気に入りのAラインのワンピースが初めてのデートを元気付けてくれると思っていた。昨日の夕方から何を着ようかと悩んで決めたセレクトだった。いかにも決まり過ぎかなと思って、ジーパンとドレッシーなシャツにしようかと迷ったけれど、やっぱりナオに初めて制服以外見せるんだから、私の好みを知っておいてほしかった。
 待ち合わせの駅にナオはスリムなホットパンツにベージュのスプリングコートで現れた。手を振るのを気遅れするくらい男のひとがナオの通り過ぎるときナオの足を見ていて、私は自分の格好が子どもっぽいと思ってしまった。

 始まったばかりなのに失敗は他にもある。今、私はカフェでケーキの選択を間違えてスカートの裾をぎゅっと強く握っている。
「この女優さんって子役のころから有名だよね」
 覚えてる? とナオは有名な映画名を挙げて私に尋ねる。
「うん」
 ケーキと飲みものが運ばれてきてから、私の言葉は少ない。だっていつも好きなミルフィーユだからって楽しく喋りながら食べることはできない。フォークにうまく力は入らないし、パイ生地はぽろぽろとこぼれてしまうし、なんだかみっともない。ナオがマロンケーキだったから、私はショートケーキにでもしておけばよかった。苺はいってるし。
「あの頃も可愛かったよね、小さい頃のこの女優さんの髪型、憧れたな。紙袋と鉢植え持って。名演だったよね、あの映画」
 やっとひと口分、フォークに載せることができた。口の中でさくさくと音を立ててカスタードと生クリームのハーモニープラス苺の甘酸っぱさが口の中にひろがる。おいしい。苦労して食べる甲斐のあるケーキだわ。
「メグ、聞いてる?」
 ナオは私のほうをうかがうようにみつめる。私は今食べているからと目で答える。えっと、女優さんのお洋服の話だっけ? 私は大好物をゆっくりと咀嚼しながらナオの話を思い出す。
 温かいミルクの入った紅茶に口を付けるとナオは口元に手をあてて小さく笑う。
「こっち向いて」
 ナオが右頬を付きだす真似をしたので、私もそうすると頬に薄いマニキュアを塗ったナオの指が走る。照れもせずにナオはこういうことが出来てしまう。
「おいしいカスタードクリームだね」
 あくまでも爽やかな微笑みだったが私はボンと音を立てて頭が爆発しそうなくらい顔に熱が集まる。なんとなく気まずくなって目線を下にしてまたスカートの裾をにぎる。
 初めてキスしたときもそうだった。わざと閉室ぎりぎりまでいて本棚に隠れてそっと触れ合ったとき、私は緊張して制服のプリーツを力強く握っていた。ナオは「キス、してほしかったくせに」と囁いてもう一度くちびるが触れた。
 思い出すとまた顔が熱くなってきた。そんな私をナオは察した。
「デートなんだから、それっぽいことしてもいいじゃん」
 悪戯っぽく笑うナオをみて今日はとんでもなく大変な一日になると確信した。

 映画館はショッピングモールの中に入っていて、服や雑貨を見ながらゆっくりとふたりで歩いた。手を繋ぎたいなあ。さっきのカフェでナオの指先をみていたらそう思った。薄いアプリコットの色が乗った指さきはいつも学校でみるナオのそれとは違いすごく大人っぽくてキレイだ。
 アクセサリー売り場に入るとやはりまっすぐにペアリングのディスプレイが目に入った。学校にはつけていけないけれど、きっとナオには細いシンプルなシルバーの指輪がいいと手にとって見つめた。私はナオに触れたいと心から思った。

「やっぱり映画にはポップコーン」
 とナオが言うのでチケットを買うと売店で二人分の飲みものとポップコーンを買って映画館に入った。座席を見つけるとナオはチケットをポケットに仕舞うからとポップコーンを私に渡した。しかし私はナオの指先をみつめるのに忙しく、階段が足につっかかりポップコーンが花吹雪みたいに舞って転んでしまった。ナオはすぐ気づいて「従業員のひと呼んでくるから」と言って劇場を出た。座席にはすでに幾人か座っていて私の醜態を苦笑いしていた。笑っていないで助けて欲しかった。私は紙ナフキンでこぼれたコーラを拭いた。

 映画の内容はうまく頭のなかに入らなかった。あのあとすぐナオが従業員さんを呼んで片づけてくれて代わりの飲みものとポップコーンをくれた。従業員さんもナオも優しかったけれど初めてのデートですごい失態をしでかしてしまった。映画どころではなくて私はスカートの裾を皺になるくらい強く握っていた。
 映画が終わる頃には日が暮れていて、私も途方に暮れていた。可愛いところも格好いいところもナオに見せられなかった。母親におもちゃを買ってくれなかった子どものように疲れ果て、私はただ帰路につきたかったがナオは違った。
「今日はメグの可愛いところいっぱい見れたなあ」
「どこが? ドジばっかしちゃって、ナオに迷惑かけて……」
 自分で言っていてむなしくなってきた。
「メグは可愛いよ。メグ自身気づいてないだけでメグの色んな面、今日いっぱい見れた」
 ナオはそう言って伸びをした。はっきりとそう言われるとどこか面映ゆい。
「メグ、また顔赤くなってるでしょ? そういうところすごく好き」
 もう日の光がないのに分かってしまうナオがすごくずるいなあと思った。ナオは私のことなんて全部見抜いているんだ。
「ずるいな、ナオは。私のこと全部知ってるみたいに……。私はナオのこと全然わかんない」
 そう言うとナオは私の手を引っ張って自分の胸にあてる。
「ずっと初めてのデートだから緊張してた。今もメグと一緒にいれるってだけで心臓が爆発しそう」
 触れたいとずっと思っていたから私の指さきは甘く痺れた。もう一方の手でナオのシャツを掴み、顔を寄せた。
「ずっとずっとナオに触れたいと思ってたの」
 私はナオの鼻頭をペロリと舐めた後ゆっくりとくちづけをした。触れるといつの間にか強張っていた身体から力が抜ける。ナオに私のすべてを触れられているようでくすぐったく感じるがそれが私をすべて包み込む温かい毛布みたいだった。私を安らかな気持ちにさせてくれるささやかな魔法だ。私はさっきアクセサリー売り場で買った指輪をナオのアプリコットの色をした右手の薬指にすべらせる。
「驚いたな」
 ナオがお手洗い行っている間にと答えると心底嬉しそうに笑ってくれた。
「私にも、あるんだ」
 右手を敬意もって握られると、ナオと同じ指輪がはめられた。
「いつ買ったの?」
「メグが欲しそうに見てるとき」
 私はこの魔法はいつかとけてしまうけれど、また魔法を私がかけることができるのだと思った。自分を偽らずありのままを愛し私がナオの毛布であることを忘れずにいれば、魔法なんて目じゃないものが出来上がるのかもしれない。

 帰りはふたりで手を繋いで駅まで遠回りして歩いて帰った。
「メグはいいよなあ。私もラウンドトウの靴とか履いてみたい。まるっきり似合わないんだもん」
「ナオはスラっとしてるから何着ても格好いいよね」
「メグみたいにパステルカラー似合わないし」
「無いものねだりはお互い様だったのか……」
「何か言った?」
「なんでもなーい」
「言いなさいよー。でないとちゅー、しちゃうぞ」
「じゃあ言わない」

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