一九九九年の夏休み

 私はよく子どもが無理やりハイヒールの靴を履きたがるようなませたガキで、一九九九年の夏にはルーズソックスを履かない女子高生だった。

 真夏の尖った日の光を遮るものは広大にひろがる田んぼを切り開いて作った道路にはなにもなく、私は自転車にまたがって右、左、右と言い聞かせながら汗水たらしてペダルをこぐ。花盛りの女子高生が何の因果で貴重な夏休みを夏期講習なんてものでつぶさなくちゃいけないのだろうか。MDプレイヤーから「私は泣きたくない」という英詞が聞こえてきてうっかりと涙腺がゆるくなってしまったのが恥ずかしくなって私は英詞を大声で叫んだ。コンビニエンス・ストアで買ったアイスも気になるし、肌も焼けてしまう。後ろ髪引かれるような学校の出来事でいちいち泣きたくはない。私は気高い女子高生なのよ。悲しくなってパンツを見せても泣いている姿なんて絶対見せてやったりなんかしないんだから。私の安全地帯まであともう少し。左、右と足を進める。

 高校までの道中の途中に叔母の家があった。私が高校二年生の冬に、私の母方の祖父が亡くなって東京から叔母は戻って来てその古い一軒家に住みついた。近所や親族からの反感や羨望を含む嫉妬などがあったが、叔母は天性の性格からかそんなものは無視しひとり穏やかに暮らし始めた。「昔は優等生で温和な優しい子だったのだけどね、今はフリーライターとか言って何をしてるかまるでわからないわ」と言ってあまり叔母を好いているようには思えなくて、母の言外に私は下手なことをしてくれるなと念を押しているように聞こえた。私は母の使いで叔母に挨拶に行ったとき叔母を好きになった。古い家にこれでもかと置かれている大量のVHSや学術書が玄関にまであふれていた。そんな本に埋もれるように小さな叔母の身体はすっぽりと包み込んでいた。色素の薄い茶色のくせ毛と、昔のイタリア映画に出てきた黒縁メガネを叔母はかけていて、もうこの家に何年も住んでいるように思えた。
 叔母の性格は一癖も二癖もある難しいひとのように見えたが、それは私の勘違いだった。彼女はただ好き嫌いや倫理観が世間とは少しだけ違っていただけなのだ。私は母に話さないことも友人に打ち明けられないことでも、叔母にはどんどん相談した。それは彼女が男性も女性も愛せる両性愛者であると知ったからだけではなく、叔母の纏う全てのものが私には新鮮に思えた。叔母の黒縁メガネも私の知らない難しい本もまた古い古い映画も質素だが丁寧につくる食事も、叔母のすべてを作り彼女の宝物であった。私は叔母を尊敬していた。誰からも縛られることのない、自分で選んだ生活を慎ましくも誇っていた叔母を。

「慶子さーん。アイス、買ってきた」
 叔母はおばさんと呼ぶと顔をしかめるので私は彼女をいつも名前で呼んでいた。自転車を止めてイヤフォンを外すと鬱蒼とした庭から丸い叔母の顔がひょっこりと突き出た。
「いらっしゃい。ありがとう」
 叔母はビニール袋を受け取って牛乳アイスを取って、はいお駄賃と言って私に硬貨を握らせた。手に持っていた紙巻タバコを縁側の灰皿に捨てて牛乳アイスをくわえながらホースで庭の木々や花に水をやるというより地面に水を撒いていた。
「何これ。水撒き?」
「打ち水だよ。これをやっておけば夕方からクーラーをつけなくても涼しくなるし。うちは昔から樹がいっぱいあるからねえ。地面が焼かれて熱くならないからいいんだ」
 私は縁側に座って焦げ茶のローファーを投げて紺のハイソックスを脱いでガリガリ君を齧る。
「平和だねえ」
 叔母は片手に握ったアイスを舐めながら感慨深く言った。怠惰を姿で表したような格好で私は叔母ののんきな声に抗議する。
「平和じゃない」
「何か嫌なことでもあったの?」
「あまりにダサくて話すのが恥ずかしい」
 そう、あまりに陳腐な出来事だった。私の好きな子が私を好きな男子高生を好きになって目の敵にされたなんてありきたりなことなんて。そしてその下らない出来事に少なからず私は心を痛めていた。縁側に足を投げ出し続く居間の畳に大の字になった。叶わぬ恋だと知りながらあの子のことは本当に好きだった。勝手に好きになって幻滅している自分が心底情けなく思いまた少し泣きそうになった。
「好きだったんだけど」
「うん」
 私は打ち水をする叔母の背中をぼんやりと見つめながら私は言葉を続けた。
「私ひとりで空廻って馬鹿みたい」
 涙が溶けた私の声に叔母は嘲るふうでもなく笑ってみせた。
「恋に馬鹿になれなくなったら終わりだよ」
 あどけない叔母の顔に私は驚いた。母とは違うけれど大人なのに悪戯っ子のような表情をすることにびっくりした。
 庭の蛇口を閉めて叔母はアイスの棒を紙巻タバコに持ち替えて美味しそうにくわえた。ジッポライターの心地よい金属音が頭に響く。
「他人を好きになることなんて基本的に不毛なんだよ。自分の与える好意と行動が百パーセント戻ってこないという意味ではね。恋に馬鹿になれないのは臆病者ってこと」
 言葉を紡ぐ叔母の表情は穏やかな笑みを浮かべ、白い煙を吐きだした。そんな彼女を見ていると私にはふと疑問が浮かんだ。
「慶子さんは馬鹿になれるような恋、したの?」
「厭きれるくらいにね」
 叔母の無邪気な表情に私は好奇心を掻きたてられた。そんな私をみて叔母はまた可愛らしくに笑った。
「心底愛していたんだけど、だから駄目になってしまったのかもしれない。好きでも、愛し合っていても、それだけじゃいけないときもあるんだよ」
 苦々しい表情をすることもなく、まるで明日も晴れだねって言うようにあっさりと叔母は告げた。
「それって東京で出会ったひと?」
 私は知っていた。叔母のうもれる書籍の中、机まわりの整理された本の一冊に叔母と私の知らない女性が一緒に写っている一枚の写真が挟まっていて、たまに叔母はそれを眺めていることを。
「だから東京から出てきたんだ」
「つらくないの?」
 私は叔母の一瞬の動揺を見逃さなかった。叔母の瞳は揺れ、くちびるが一瞬歪んだ。
「つらくない恋なんて、ないよ」
 さて、夕飯の用意するから手伝って、と叔母は紙巻タバコを消して縁側から腰を上げた。私は畳に寝そべって叔母の小さい背中に背負っているものに、その背負い方に、嫉妬したのをよく覚えている。


 慶子さんの言っていたことはほとんど正しかったな、と思いながらミルクたっぷりの温かい紅茶を啜る。  世紀が変わり、私は高校を卒業し、叔母は海外に渡り、私が大学を卒業するときには叔母はベルギーで女性と結婚した。叔母の行動力には誰もが驚いたが、私は叔母のやることに間違いはないと無根拠に信じていた。そんな叔母から、筆不精だろうけれど、毎年葉書きが送られてくる。今手元にある葉書きには「こちらは寒いですが楽しいクリスマスを迎えられそうです」と書いてある。帰路までの暖をとるために入った喫茶店で、受け取った絵葉書を愛おしく、そして少しノスタルジックな気持ちで見つめていた。
 一九九九年の叔母と同い年になって私はまだまだ子どもだ。役に立たない自尊心も欲望もまだ、私にある。しかしそのプライドや欲は色んな変化のなかで変化し、削られ、洗練され、潰れそうになるたびに光って、私のかけがえのない宝物のように思える。そう思うとまんざら悪いものではない。
 叔母の不器用だけど、誠意のこもった字を撫でていると携帯電話のバイブレーションがコートの中で響き私は席を外して電話に出た。コールをしてきたのは恋人兼同居人からだった。私は叔母に似て感情表現が下手だと分かったのはこの子が私のいろいろな気持ちを引き出してくれるからだった。
 私は温かい気持ちで応対した。
「うん。さっき仕事終わった……湯豆腐だったら鱈は外せないよね……。いや、今帰り道だから買って帰る……鍋ひとりで食べるなんてどれだけお腹空いてるの……20分待って……忘れるところだった、好きだよ」

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