子猫の恋

 気まぐれな子猫に恋をした。
 手をつなぐのは暑苦しいから嫌だと断られたのが夏休みだった。お弁当を作ってもプチトマトが嫌いと言って手をつけなかったり、電話して声を聞こうとしたら勉強で忙しいと言ってすぐ切ってしまったり、映画を観に行けば、主演男優が気にいらないと言って途中で席を立ったり、私がなんでそんなことばっかりするの、と怒って尋ねたら。
「私だけが君に夢中だ、なんてばかばかしい」
 顔を真っ赤にして答えられたら私の心はすってんころころ。怒りは収まりあっけなくキューピッドの奇襲にやられてしまった。

「手袋が、ない」
 放課後の受験対策の補講が終わって猫は学校指定のかばんを漁っていた。教科書と問題集と赤本と単語帳、ポーチに筆箱にパスケース、携帯簡易食品。猫のバッグは本人と同じくらい整然としていて味気ない。
 私は横目でポッキーを食べるが猫は食べない。そんなものを食べていると太るから、と猫は言うのだけれど私はもう少し猫に太って欲しいと思っている。私はカリカリと小刻みに歯を動かすのをやめて声をかける。
「朝は付けてきたの?」
 猫は無言でバッグの中身を戻す。猫は朝に弱い。おおかた記憶がないんだろうと私は推し量り私はダッフルコートを着込む。
「手袋の代わりしてあげる」
 お手をどうぞ、お嬢様、と私が言うと猫は冷たい目線で一瞥してPコートを羽織りカバンを肩にかける。仕方がないので私も食べかけのポッキーの箱をコートのポケットの中におさめて教室を出た。

 夕焼けが終わりかけ青い闇がしのび寄る晩秋は嫌いではないから口笛を吹きながら軽やかに歩を進める。猫はコートに手を入れたまま上半身を小さくして足だけ動かす。器用なものだと私は猫の一歩後ろを歩き、見つめる。
「寒い」
 猫は立ち止まって私を見つめる。必要最低限のことしか言わない猫を可愛いなあと目で言うと猫は不本意そうに私をつりあがった目で見つめ返す。
「血糖値上げれば寒くないよ」
 私はコートからポッキーの箱を出して、猫に渡した。猫は手を出して嫌そうにポッキーを受け取り、そして私たちは横に並んで歩く。
 猫のポッキーの食べかたは変わっている。チョコレイトの部分だけ唾液で舐めて、溶かして棒の部分を道端に捨てる。
「もったいない」
 私が思わず口にだすと猫は得意そうに笑った。
「血糖値が上がる部分しか必要ない」
 なんだったら君が食べるかい? とチョコレイトと猫の唾液が染みこんだ棒を私の前にちらつかせる。
「頂かせてもらいますよ」
 私は猫の手をつかんで棒を取る。猫の手はひどく冷たく私を驚かせた。湿気たプリッツを口に入れてついでに猫の指と自分の指を絡めてコートのポケットに突っ込む。これが模範解答のはずだ。
「駅までですよ」
 猫は満足して悠然と歩く。私は口内も手も忙しく脈を打っていて、道程をよく覚えていない。
 ドキドキしたり、イライラしたり、高鳴ったり、ムカついたり、私はとても忙しい。

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