蜂蜜みたい

蜂蜜と檸檬

 人生なんて笑ってやり過ごせるものと、高を括っていた。腹の底からどんな異臭がしようとも、ただ笑ってさえいれば物事は丸く収まる、と。賢く、けれど賢すぎず。馬鹿だけれども、馬鹿すぎず。ずっと、そう思っていた。
 そうして生きていたら、気がつけば私は高校三年生になっていた。
 スカート丈は規定より2センチほど短く、でもブラウスの第一ボタンは外さず、リボンタイをして決してブレザーは脱がない。そっちの方が先生ウケもいいし、生徒会の皆も「真面目な里中さん」と勘違いしてくれるから。
 私は保健室のドアをノックした。
「はいよー」
「こんにちは、生徒会の里中です」
 あー、はいはい、と分厚い眼鏡した君島せんせいは無造作にまとめた黒髪を掻いた。
「判子をもらいにきました」
「こんな時間までご苦労さま」
 判子を押そうとデスクに向かう、せんせいの肩を私はそっと抱いた。
「里中ちゃん、判子を押せないんだけど?」
「せんせい、辞めていませんね?」
「何を?」
「シラ切っちゃって。煙草ですよ」 「しょうがないでしょ。鬱陶しいなあ、離れてよ」
 じゃなきゃライターで腕を炙るよ? って言われて私はせんせいから離れた。
「ハイ、書類。さあ帰った帰った」
「せんせい、好きです」
 あっそう、とせんせいは言う。
「せんせい、セックスしたいです」
「男でもつくればー?」
 保健の先生とは思えない、その受け答えに私はますますムキになる。
「せんせいとセックスしたいんです」
 せんせいはやっとデスクからこちらを向き、底意地が悪そうな顔をした。
「土下座して、やらせてくださいって言ったら、考えてもいいよ」
 私は痛いことを要求されるのかと思ったけれど、そのくらいのことならと、床に膝をついた。
「せんせい、セックスさせてください」
「顔を上げな」
 私は言われるがまま、顔を上げた。
「いいよ。合格」
 そこにはただの女がいた。

 せんせいの首筋を、音を立てて吸い上げると、身体はびくんと跳ねた。
「敏感なんですね、生徒にヤラれて感じるなんて」
「生徒と保健室のベッドで。ってシュチュエーションって結構、狂おしいものだね」  AVみたいだ、と声を上げて笑って見せる。集中してという前に、ブラジャーのホックを外した。先生の素肌が外気に触れて、震えた。加虐心をそそられて、乳首をくちびるで食んだ。
「里中は上手いね。こういうのはセンスだから、いくらやっても下手な奴は下手なんだよ」
「黙れよ」
 誰かと比べられると思ったら、いたたまれず、せんせいの乳首に歯を立てた。右手を先生の下着の中に入れると、濡れていることがわかった。
「せんせい、スカート、脱いで。脚を開いてみせて」
「いいよ」
 半端丈のスカートを脱いだ先生はガーターベルトにストッキングに下着姿になった。内股には蝶のタトゥー入りだった。
 私はせんせいの蝶のタトゥーを撫でてみた。
「痛くなかった?」
「柔らかいところだから、めっちゃ痛かったよ。けど」
「けれど?」
「痛いのが最高に気持ちいいんだよ」
「せんせいってマゾ?」
「いや、痛がる姿を見るのも好きだよ」
 例えば、里中のこことか。私は制服の上からある場所をなぞられた。
「私は知っているよ。ねえ、交通事故ってどんな音するの?」
「何がですか?」
「里中、私は里中のその薄っぺらい仮面を剥がして、生臭い臓物の匂いを嗅ぎたいよ」
「だから、何の話ですか?」 「じゃあ、私がわからせてあげる」
 そう言って、せんせいは私のブレザーを剥いで、男みたいにブラウスを引きちぎった。あっという間の出来事で、手際で、私は抵抗する隙を与えられなかった。
「きれいなピンク色。美味しそう」
 せんせいはそう言って、私の傷跡を舐めあげた。私は羞恥心でせんせいをやっとの思いで押しのけた。
「やめてよ」
「やめてほしいなら、最初からこんなこと求めるなって。どんな夢を持っているのかわからないけど、セックスっていうのは一番きたない部分や触れて欲しくない部分を曝け出しあわないとできないんだよ」
「どういう意味ですか」
「だから適当な相手としちゃいかんのよ、わかった? 里中ちゃん」
「私の身体、汚くない?」
「綺麗で魅力的だよ。だからこそ、簡単に投げ出しちゃだめ」
「はい」
「いい子」
 せんせいの言葉は蜂蜜みたいに甘くて、とろりとしていた。その柔らかさが、どうしようもなく優しくて、私は自らの愚かさを知らされた。ごめんなさい、せんせい。私、傷つきたかっただけなの。せんせいはそんな私を許しちゃうから、そんな私を受け入れてしまうから。
 ひとりで震えている私を、せんせいは抱きしめて、おでこにくちづけた。
「もう帰りなさい」
 せんせいは身を翻し、服を着始めた。
「また、来ます」
 私はボタンが弾け飛んだブラウスをくしゃりと掴んで、保健室を出た。ああ、だめ。このひとには絶対に勝てない。そう思いつつも惹かれているのが、わかってしまった。

Page Top
inserted by FC2 system