熱情が、きこえる

第一章

 数学の教科書、副読本、問題集、提出用ノート、プリントの束。化学も同じく。そして英語は単語帳がプラスされる。大量にあるそれらをカバンの中に押し込むと、私はため息をついた。教科書や参考書に書かれていることを私がこなすには、時間がかかり過ぎる。そして今日も半分しか終わらなかったので、家に持ち帰らなくてはならない。これが私の日常だ。使いこなせない参考書やら単語帳を持ち帰り、そして登校するときには持ってくる。不毛なこの反復行動にいったい何の意味があるのか、と私は自分に問いただしたい。帰るまでは勉強する意志はあるのだが、家に帰ってからが問題だ。夏の終わりの、日が暮れなずむ教室で、たったひとり。私は高校生という受難の日々を嘆息するしかない。
 とにかく帰ろう。私は重いスクールバッグを担ぎ上げるように肩にかけ、教室を後にした。暗い気持ちで階段を下りながら、自分の薄汚れた上履きを見ていると、かすかにピアノの音が聞こえてきた。まず私は自分の耳を疑った。きっと幻聴だろう、と。学校が閉るまであと十分。補講があるわけでもないし、誰かが残っているはずがない。しかし聞こえてくるその音は一向に鳴りやまない。三階まで下りると、鮮明に聞こえてくる音楽。三階には音楽室がある。そこで誰かがピアノを弾いているのだとわかると、ピアノを弾く主のところへ私は早足で向かった。
 開け放たれた明りの点いていない音楽室から力強い音色が響いている。まるで指よ、折れよ、と言わんばかりの激しい音楽。ピアノは打楽器であることを思い出させる。これは一体なんの曲だろう。ロックのようにも聴こえる旋律に、私は身震いした。そして私はドア越しにその音楽に耳を、いや身体ごと傾けた。魔法にかかったように私の身体は、そのピアノを弾く主に奪われた。いつの間にか静寂が横たわり、私は我に返り、ドアから身を乗り出した。
「なんていう曲?」
 私は開口一番にこう言った。ピアノを弾いていた女生徒は驚いたように、ピアノから手を離し、そして鍵盤に落とされていた顔を私に向けた。しかし彼女の眼鏡に色が着いていて視線が見通せない。私は変だなと思いつつ、制服のリボンタイが青なので音楽科の生徒かとわかった。しかし音楽科の生徒がいったい何で一般棟でピアノを弾いているのだろうか。色眼鏡といい謎が多い。
「『熱情』」
 彼女が戸惑っているのが私にはわかった。そして制服のポケットからハンカチを取り出し、私に渡そうと歩み寄って来る。
「使って」
 なぜハンカチを渡されるのか、合点がいかなかったが、自分の顔に触れると涙を流していることに気がついた。私は気まずさで顔を真っ赤にし、音楽室から飛び出した。
「またね」
 彼女の声が後ろから聞こえた。恥ずかしい。でもまた彼女の演奏は聞きたかった。走りながら羞恥と興奮でいっぱいになった心のなかで、曲名を頭のなかで繰り返していた。「熱情」、「熱情」、と。

 いつの間にか家の前に着いていた。恐る恐る玄関のドアを開けると母がおかえりなさい、と顔を合わせずに言った。私は胸をなで下ろす。父はまだ帰ってきていないのだ。ここ八カ月、母と父は喧嘩ばかりしていて、戦争のような状態が続いている。仕方がないと思いつつ、私はいつも繰り広げられる夫婦喧嘩に辟易している。二階に上がって、布団を被っても聞こえてしまう罵声。そのせいもあってか、家で勉強をする気には到底なれない。ふたりが無言で、諍いなど今までなかったようにしているときも、決して油断ならない。いつ導火線に火がつくか私は怯えている。せめて今日はお皿が飛ばないうちに夕食をすませてしまおうと、制服から部屋着に着替えダイニングテーブルに座った。
 ついでにお風呂にも入ってしまおうと思ったときに、父が帰ってきた。ふたりは努めて静かに、そして冷ややかに、お互いを受け入れているフリをする。私は触らぬ神に祟りなし、と思い、お風呂場に向かった。脱衣所で洋服を脱いでいるとドンッという鈍い音が響いた。また始まったと私はため息をつく。お風呂から出にくいな、と思いながら、私は夕暮れに響いていた「熱情」の激しくも切ないメロディを思い出していた。もしかしたら彼女は、あの有名な子かもしれない、と思い出した。

 私の通う高校には三つ科がある。特別進学科、普通科、音楽科だ。私が通っているのは特別進学科で国公立大学や有名私立大学の入学を目指す。通称、特進科。普通科の卒業生はそれなりの大学や専門学校に進学する。三つの科のなかで異色を放っているのが音楽科だ。特進科と普通科とは別棟で、全く違うカリキュラムをこなしている音楽科の生徒たち。音楽科は文化祭は音楽祭になり、体育祭は、楽器を弾く手を傷つけてはいけないという名目で、創作ダンスだけの参加という配慮がある。音楽科の生徒の特別扱いを、音楽バカと嘲って言うクラスメイトもいるが、棟も違うし、接点のないひとたちを何も知らないで私はどうこういう気にはなれなかった。
 そんな音楽科のなかでも際立った生徒がいることを私は知っている。彼女の名前は矢田結衣。海外の有名ピアノコンクールに中学生で入賞。そして海外で活動するかと思ったら、この学校に入学したことを週刊誌にスクープされた。別世界の人間が私と、少なくとも名前は同じ高校に入学することになると、この高校の合格通知をもらった頃に知った。そして矢田にはもうひとつ特徴がある。彼女は左目が斜視なのだ。それを隠すために色のついた眼鏡をかけている、とクラスメイトが騒いでいたのを知っていた。さすが音楽科サマは違うよね、と。おしゃれのためのカラーコンタクトと矢田の眼鏡の決定的な違いを、理解できるほど、クラスメイトは大人じゃない。ピアノを弾いていたのは矢田結衣に違いない。しかしなぜ矢田は一般棟で弾いていたのだろうか。
「市野川さん」
「はい」
「テキスト六十二ページ五行目から読んで、訳しなさい」
 まるで頭のなかで授業をサボタージュしていたのを見透かしたみたいに、英語の先生は私を指名してきた。つかえながらも音読をし、ノートに書いた日本語訳を読み始めた。しかし訳は一行しか書けていない。私は冷たい汗を首筋に感じ、二行目からは教科書を見ながら訳を即興で続けた。
「そこまでで結構。市野川さん、予習はしっかりしなさい」
 私が着席をすると、女子からの忍び笑いが教室に広がる。昨日は結局、両親の喧嘩がやまず、お風呂から出てすぐ布団をかぶって寝てしまった。そのせいで今日の予習ができなかったんです。そう言い訳したかったが、私は先生の言葉に小さく、はい、としか言えなかった。私はガリ勉科の落ちこぼれ。あんな綺麗な演奏をする矢田結衣にはきっと悩みなんてないのだろうなと思い、私は翻然と教科書とにらめっこをした。

 放課後の自習は身が入らない。初めて矢田結衣のピアノを聴いて八日が経っていた。今日も私は化学のプリントに意味のない落書きをしていると、下校時間の三十分前になった。あの日から放課後、三階に下りるときには注意深く耳をそばだてたが、校舎は静けさに支配されていた。矢田結衣は今日はピアノを弾いているだろうか。私は淡い期待を胸に階段を下りる。そしてかすかに聞こえる、音楽に私は興奮した。残響が消えると、私は音楽室に顔を出した。
「こんばんは」
 私は何と言っていいかわからず、とりあえず挨拶をしてみた。矢田結衣が音楽室のグランドピアノの前に明りも点けず、座っていた。
「また来ると思った」
 彼女は鍵盤のひとつを押した。ポーンという音だけが音楽室に響く。その音は物寂し気に聴こえた。彼女の視線は濃い色のついた眼鏡のせいで、どこに向けられているか、私にはわからない。言葉を探しあぐねていると、矢田は集中するように音楽を奏で始めた。儚い音色など忘れさせるほどに、エネルギッシュに。
 音楽の始まりは湖の水面に手をゆっくりと入れたときできるような波紋からだった。これから何を奏でられるかわからない、底知れない短いフレーズが奏でられる。胸騒ぎを覚えながら低音から高音へと移動し、音は力強く私の鼓膜を叩く。柔らかく温かな音が来たと思ったら、次は突き落とすかのような危険な音色に私は引き裂かれる。私は分裂する音に戸惑いならがも、惹かれ、いつの間にか解体された音は融合している。この曲には多くのことが起こりすぎている。
 まるで森に迷い込んだみたいだ、と私は思った。目の前で蝶が優雅に飛んでいると思ったら、蜘蛛の巣に絡めとられる。その横では美しい花が悠然と咲き、そして木から静かに木の実が落ちる。森は音楽のなかに存在している。矢田が弾いている音楽は生き物そのものだと感じた。
 興奮は極致に至り、鼓動が早まる。はやる気持ちを抑えるように、堂々と音楽は鳴り渡る。美しく華やかな響き。そして最初のフレーズが奏でられると、静かにその曲は終わった。まるで森が、音楽が、死ぬように。
 私は思わず拍手をした。八日前に初めて聴いた「熱情」が最初から最後まで聴けたのだから、感動もひとしおだ。
「良かった」
 そんな私を見て、矢田結衣は綺麗な白い歯を見せて、初めて私の前で笑ってみせた。先ほどまでの張りつめた演奏からは想像できない、女子高生らしい笑み。私はその笑顔に親しみを覚えた。私と変わらないじゃないか、と。
「私、市野川茜。茜でいいよ」
「矢田結衣」
 私が言うと、彼女は手を出してきた。握手かな、と私が戸惑うと矢田結衣は口角を歪ませて笑った。
「演奏料」
「お金をとるの?」
「っていうのは冗談で、私に勉強を教えてくれない? タイが赤っていうことは特進科の生徒でしょう? 茜さん」
「茜だけで、いい」
「よろしく、茜。私も結衣でいいよ」
「……よろしく、結衣」
 結衣はもっとストイックでミステリアスな人間かと思っていた。どうやらかなりちゃっかりとした、現金な性格のようで、私は面食らった。それでもなぜか笑って許せる。愛嬌というのはこういうことを言うのか、と感心すらした。

 私は放課後、校内から誰も居なくなると、音楽室に行って結衣のピアノを聴いたり、結衣に勉強を教えた。結衣は私に「熱情」について説明してくれた。「熱情」はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲。正式名称は「ピアノソナタ第二十三番ヘ短調作品五十三」というらしい。そしてピアノソナタというものはピアノによる独奏で、原則から外れる作品も多いが、三曲から四曲から構成されている。私の好きな「熱情」は第一楽章のアレグロ・アッサイを指している、ということがわかった。
 結衣は「熱情」を弾く。その代わりに私は結衣に三角関数を教えている。図形とかグラフとか目で見てわかるものは解きやすいんだけどね、と結衣は苦笑してみせた。確かに三角関数の初歩である加法定理につまずいていて、私が図形を書きながら説明すると、すぐに飲み込んだ。結衣の数学を解く集中力は目を見張るものがある。きっとそれはピアノの練習で培ったのだろうと、私は思った。サラサラとノートの上にシャープペンシルを走らせる音すら、結衣は音楽にしていた。
「なんで結衣は一般棟でピアノを弾くの?」
「音楽科では課題曲しか弾かせてもらえないからね。歪んだ鳥籠みたいなところだよ。みんな将来のライバルだしね」
 私の素朴な疑問に、ピアノの前に座っている結衣はため息に近い、うんざりとした口調で言った。
 結衣はそれ以上を語ろうとしない。よほど居心地の悪い場所なのだろうと想像がついた。確かに音楽科は不自由そうだ。音楽を奏でるためだけの人間を育成しているような気が、私でさえした。特進科や普通科の子たちはコンビニエンス・ストアやファミリー・レストランで時間を潰すことがあるが、音楽科のタイをした子を見たことがなかった。一般棟から隔離された、美しい音楽で彩られた棺。それが私が抱く音楽科のイメージだ。そしてそれが決定的になったのは初めて音楽科の数学の教科書を見せてもらったときに覚えた違和感。落ちこぼれの私ですら簡単に解けるような問題ばかりだった。それでも結衣は必死に解くので、私も特進科で頑張らなくては、と思うくらいだ。
 結衣は語学が堪能で、英語はもちろんのこと、ドイツ語が喋れた。細かい文法は全然わからないけれど、と照れ隠しをしていたが。
「本当ははね、普通の女子高生したかったんだ」
「何それ」
「勉強して、寄り道して、ショッピングして、大学どこ行こうかなって悩んで。そんな普通の女子高生生活をしたかった」
 私は言葉に窮した。私は自分が当たり前に享受している生活が、結衣にとっては憧れだなんて、想像できなかった。そして私は一時でも結衣に悩みなんてないだろうと羨んだことを恥じる。結衣は暗い方がピアノの音色が澄むから、という理由で、音楽室の電気を消して演奏する。暗い音楽室のなかで私は結衣の表情をうかがおうと思ったが、できない。それでもポロンとなる音で結衣の感情はよくわかった。柔らかく優しい音。
「全部、音楽にトケるんだ」
「トケる?」
 唐突な結衣の言葉の意味が、私にはわからなかった。愛情を込めてやんわりと可愛らしい曲を弾きながら、結衣は続ける。
「そう。音楽に自分の色んなものが溶けていくの。感していることや欲していることすべてが。今は楽しい気分だから、音に柔らかさが乗っている。でも今この時だけじゃない。自分のなかの多くの蓄積が、音楽に溶けていくんだ。私の全ては、たったひとつの音色のために存在している。ピアノを弾くにはテクニックだけじゃ、だめなの。音楽に自分を溶かして、それが私の音色になるんだ。わかる?」
「言いたいことは、何となくわかる気がする」
 そうは言ったものの結衣の音楽の考え方は、音楽をやらない私にとって難しかった。しかしこれだけはわかる。結衣は音楽に全てをささげているのかもしれない。そんな考えが浮かぶと、私は、私が心もとない気分になった。結衣はどんなに孤独だろうか、しかし孤独すらも糧にするのだろうか。すぐ近くにいるのに、私は結衣を少し遠くに感じた。
 私が結衣にかけるべき言葉を探しあぐねていると、結衣は「熱情」を弾き始めた。今日の結衣の演奏は、激しさより月光が闇夜を切り裂くような鋭い音のように聴こえる。結衣の指先から奏でられる鮮やかな音は、結衣が抱えるさまざまな感情によって成り立っているのだ、と私は結衣の言葉で思い知らされた。薄暗い教室のなか、音が澄むのは結衣の感情が研ぎ澄まされるからではないか、と私は思う。そして結衣の表情をうかがい知ろうとするが、色のついたレンズに阻まれて、私にはわからなかった。
「私にとって結衣の『熱情』はガトーショコラみたい」
「え?」
「初めて聴いたときは、雷に打たれたようだったけど、今はガトーショコラ。甘くて、しっとりと重厚感があって、それで少しだけ苦い」
「それで食べることに病みつきになる?」
「そうそう」
「自分の演奏を食べ物に例えられたのは、初めてだなあ。しかもお菓子なんて」
「ごめん。即物的すぎたかな?」
「ううん。嬉しいよ」
 結衣は困ったように頭を掻く姿を見ると、失言だったのかと後悔した。そんな私の落ち込みようを見て、声をかける。
「茜にそんなふうに思われて、私の『熱情』は幸せだねえ」
 他人事のように感心して何度も頷きながら、結衣はそう言った。私の誉め言葉が結衣は気に入ったようで、逆に私が照れてしまった。そして照れを隠すように、私は結衣に提案する。
「あのね、校舎の裏にね、猫がいるの」
「うん」
「親猫とブチと白の子猫がいて、昼休みにミルクあげに行くんだ。放課後もいるかもしれないから、今から見に行く?」
「それって同情?」
「そんなんじゃないよ。本当に可愛い猫なんだよ。結衣にも私の友だちを紹介したい」
「猫が友だちとはね。友猫って言ったほうがいいんじゃない?」
 皮肉っぽい言葉だったけれど、結衣は笑った。結局、校舎裏に猫はいなかった。しかし私と結衣は着実にお互いに他人に立ち入らせない部分に、自然に触れるようになっていった。

 学校指定のコートが必要になる頃に、噂が流れ始めた。その無責任な流言は私をクラスの中でよりいっそう孤立させた。音楽科きってのエリートと特進科の落ちこぼれが火曜日の音楽室で淫行に耽っていると。放課後、私が不本意なデマを結衣に話すと、彼女は声を上げて笑った。
「想像力がたくましいね。曜日の指定が生々しい」
「笑いごとじゃないよ。私が結衣のピアノが聴けなくなったら、学校に来る意味なくなっちゃう」
「そんな不純な動機で学校に来ているの?」
 結衣が私の顔を覗き込むと、私は頷いた。私たちは無用の誤解を避けるために火曜日には会わないようにした。私と結衣の関係は低俗な中傷を言う輩どもにはわかりっこない。意味がわからない退屈な授業、下世話なクラスメイト、冷たい教師たち。結衣は私のひとすじの光だ。そして今なら言えることを口にする。
「眼鏡、外さないの?」
「少なくとも、高校時代は外さないって決めたんだ」
 私は結衣から顔をそらし、自分の手元に目線を落とした。私は恥じ入る。結衣の目のことは今まで鬼門のように感じて、触れてこなかった。親しいからこそ聞いてはいけないことがあるということを、私は知っているのに。結衣は、私が不躾な質問をして気落ちしているのをわかっているというように、私の頭を撫ぜた。柔らかくマシュマロみたいな、ピアノを弾くだけのためのある結衣の手。その手が私を慰めるために動いていると思うと、今までに感じたことのない優越感が私の胸を熱くさせた。
「結衣のピアノが好き」
「ありがとう。でも、私はすでにある音楽をピアノを使って増幅させているだけ」
「すでにある音楽ってどういう意味?」
 私の素朴な疑問に結衣は、難しく考えることはないよ、と言って続ける。
「音楽は満ち溢れているよ。雨音、衣擦れ、雑踏のざわめき。それはもう音楽なの。私はピアノでそれを掬い取っているだけ」
「それって言うことは簡単だけど、すごく難しいことじゃない?」
「すごく大変だよ」
 言葉とは裏腹に、結衣は楽しそうな声で言った。そしてピアノを奏で始めた。小さい子どものおもちゃ箱のように可愛くて、リズミカルに奏でられるこの曲は初めて聴くものだった。私が曲名を尋ねると、結衣はショパンの「雨だれ」と教えてくれた。音楽室がまるで温かい霧雨に包まれたように感じた。結衣は私の知らないことを多く知っている。決して学校の勉強じゃわからないことを。
 結衣と私は席が隣になったから、という理由で友だちと認めるような安易さはなかった。結衣は表面的な、手軽な言葉を嫌った。まるで彼女の音楽がそうであるように。そして私たちは自由だ。互いにあきあきしている醜聞も争いもない、美しい音楽に満ちたこの世界を互いに愛している。私は結衣を通して友愛とは何たるものかを、知った気がした。


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