CLUB NAKED

#2

 ヒカリの部屋で目を覚ましたエイコは日の眩しさに目を細めた。カーテンくらいつけろよな、と思いながらエイコは身体を起こした。出勤時間をとうに過ぎているのでヒカリはすでに居ない。いつも通りテーブルに鍵が置かれていた。そこにはメモもなくいつものやりとりにエイコは少し辟易していた。
「お腹すいたなあ」
 エイコはキャミソール探ったがタバコの匂いがついてしまっていて着る気になれなかったのでヒカリのスチール・ラックからTシャツを拝借した。ヒカリの部屋には生活感というものが皆無だ。その証拠に冷蔵庫には牛乳しか入っていないし、数か月前にこの部屋に引っ越してきたらしいがまだダンボールが残っている。音楽は好きらしいので音響設備だけは整っている、変な部屋だ。
 Tシャツだけ身に着けるとCDラックを眺めた。名盤がそろっているなあとぼんやりと眺めてお腹が鳴ったのでいい加減、何か食べようと服を着て外に出た。今日も憎いほどの快晴だ。

 駅前のファストフード店で遅い朝食を食べているとエイコの携帯電話が震えた。メールで送り主はアマネだった。内容は新作のシルバーの小物が入ったのでぜひ見に来てほしいとのことだった。このメールはヒカリにもカズミにも送られている。エイコは少し思案して明日、ネイキッドに行こうと思うから、アマネも一緒に行かない? その前に寄るよ、とメールを返した。シャワーを浴びてもまだ微かにある情事の残滓にエイコは眉をひそめた。アマネは気づいているだろうか? アマネは妙に感の良いひとだ。きっと……と思うとエイコは息を飲んだ。ヒカリと自分の関係がアマネにばれてしまったらどうしようかと思った。こんな四人の友情を壊すようなことをしていていいのかと少し罪悪感をエイコは覚える。その感覚と共に少しのスリルを味わうことを楽しんでいる自分が居たのもエイコは知っていた。それにもしかしたらカズミが、エイコの好きなカズミがエイコの今の気持ちを知ったらどうなるだろうかと思うとエイコの背筋はひんやりとした。心と身体はほんの少しずれるということをカズミは知っているだろうか? あの器用な笑みの下でカズミの本音をエイコは暴きたかった。ヒカリがエイコにするように屈しさせたい。エイコはそこまで考えると我に返っていつの間にか手のなかでくしゃくしゃになっていたハンバーガーの包み紙をトレイに投げ捨てた。明日はちょうど金曜日。頭をからっぽにして夜遊びには持ってこいだ。

 アマネの働いている雑貨店は代官山のメイン通りから少し離れたところにある。エイコは真夏の日差しを避けるため四時ごろに雑貨店に着いたがまだ暑さは残っていてタピオカミルクティを途中で買って暑さをしのいでいた。
「店内は飲食禁止ですよ」
 と後ろから声が聞こえると日焼けの跡を感じさせない色素の薄いアマネが立っていた。
「久しぶり」
 アマネが言うとエイコにハグをした。
「久しぶり。元気してた?」
「元気すぎて何度もネイキッドに遊びに行っちゃったよ」
 一通りの挨拶を済ますとふたりは腕を組んで店内を回った。
「エイコはさ、最近ネイキッド行ってる?」
「先々週かな。そろそろ踊りに行きたいと思っていたところにアマネからメール来たでしょ? びっくりしちゃった」
 エイコは嘘をついた。昨日、一番乗りでネイキッドに入ってそのあとすぐヒカリの家に行ったのだ。
「今日も大学サボったの?」
「今日は講義のない日でーす」
「最近ネイキッド変わっちゃってさ、十代の子が入って来るんだよ? お姉さんびっくりしちゃう。その分エントランスが厳重になってバッグの中身全部見せなきゃ入れなくなっちゃってさ、身分証だけじゃなくて」
「マジ? じゃあ変なモノ入れられないじゃん」
「エイコ変なモノって何を想像したの?」
「言わないもーん」
「あ、これが新作のシルバーの小物です」
「キレイ」
 ディスプレイされていたのは少し力を入れたら壊れてしまいそうなピアスに細いリングがセンス良く飾られていた。エイコは値札をひっくり返すと想像していたよりゼロの数が一つ多かった。
「このデザイナーは一点ものにこだわる人だから、なんなら社割でもいいし」
 アマネが気を使って言ったがエイコは首を横に振った。
「いまバイトしてないし、今日はやめとく。久しぶりにアマネに会いたかったっていうのが口実」
「来てくれて嬉しいよ。私お昼まだなんだ。よかったらネイキッド行く前にお茶していかない?」
 器用に可愛らしく首をかしげるアマネにエイコはノーとは言えなかった。

 カフェでの道中、二人は腕を組みながら歩いていると男二人組が声をかけてきた。アマネがやんわりと断るが男たちは引き下がらない。
「邪魔なモノ、切ってから話しかけてきなさい」
 有無を言わせない冷徹なアマネの声だった。男たちは、なんだよレズかよと悪態をつきながら引き下がった。
「こっわーい」
 エイコが少し茶化して言うとアマネは少し鼻先を上げた。
「ああいう輩は一回、掘られて欲しいものね」
 微笑みながらもその言葉の強さにエイコは肩をすくめた。

「今日忙しかったの?」
 エイコはメニューを見ながらアマネに聞いた。
「忙しいのもあったけど、お腹すかなかったんだよね」
 夜遊びをしていると生活サイクルが乱れるんだよ、とアマネは言った。
「変な時間に目がさめたりとかね」
「そうそう」
 エイコがクラブ・ネイキッドでつるむようになった三人のなかで最初に会ったのがアマネだった。大学の先輩に連れてこられたのにはぐれてしまったエイコに話しかけてきたのがアマネだったのだ。
「じゃあ、その人は恋人なの?」
「違う」
 大音量で流れる音楽のなかで二人は喋っていた。
「じゃあ会えないかもね」
「なんで?」
「ネイキッドでは運命の人しか再会できないようになっているの」
 チカチカと光る照明のなかアマネとエイコは踊りながら友人として惹かれあった。

「さっき携帯チェックしたらカズミとヒカリはネイキッドに着いて一服してるみたい」
 ガトー・ショコラをつつきながらエイコはカズミのことを真っ先に思い浮かべた。
「じゃあこれで四人集合だね」
「カズミとヒカリってお店のシルバー好きなのよ」
 アマネは食後のデザートのレアチーズケーキを食べながら言う。
「二人、おそろいでピンキーリングしてるもんね」
「趣味が似てるのよ。CDの貸し借りとかしているみたいよ」
 エイコたちはあまりお互いのプライヴェートを知らない。アマネはオープンな方だがカズミは未だ謎が多い。エイコは少し眉間に皺を寄せた。
「もう、そんな顔しないの。今日は踊るわよ!」
「そうだね。踊ろう!」
 後ろ暗い気持ちは後にしてネイキッドに向かった。
 クラブ・ネイキッドはゲイタウン新宿二丁目からすこし外れたところにある。エントランスは戸籍上の女性のみ。一階はバーとラウンジを兼ねていて、お酒から紅茶、コーヒーハーブティ、日本茶まで楽しめて軽食も出している。地下がダンスフロアになっていてドリンク代プラス二〇〇〇円で入ることが出来る。かなりのお手頃価格からか、レズビアン、バイセクシュアルの女性からだけではなく、男性がいないことを売りにしているので、異性愛者の女性も多く通っている。ネイキッドはクラブで大きな問題となる「セックス」がなかなか問題になりにくいのである。そして第二の問題、ドラッグ。二丁目近郊はなかなかドラッグの手が伸びにくい。それは肝っ玉の据わったゲイやビアンやドラァグ・クイーンたちの厚い保護下にあって、怖いお兄さんに会う必要がないのだ。そんな理由からクラブ・ネイキッドは「女性に優しい(実は男も入ってみたい)クラブ、ナンバー・ワン」を維持しているのだ。
 それでもネイキッドに人が惹きつけられるのは、やはり、ありのままの、裸の自分を受け入れてくれるからだろう。開放的でシンプルな理念がその建物自体に表されていて、エイコは気に入っているのだ。

 ラウンジのソファで寛いでいたカズミとヒカリを見つけると、アマネは手を振った。カズミは席を立ち、ヒカリは物憂げにビールのボトルを傾けた。カズミとエイコ、アマネはハグをして久しぶりの再会を喜んだが、ヒカリはマイペースに酒を飲んでいる。
「ヒカリも久しぶり。相変わらずね」
 アマネがそう言うと、ヒカリは面倒くさそうに手を挙げただけだった。
「まったく。その不精、どうにかしないとモテないわよ」
「女には不自由してない」
 事実、ヒカリは意外とモテる。アマネはため息をついた。この面倒くさがり屋がなぜそこまで人気があるかアマネは知っている。嫉妬しない、束縛しない、執着しないの3Kならぬ3Sが一定の女から支持を受けているのだ。ワンナイトスタンドが必要な場合も女にはある。ヒカリが相手するのはそんな相手ばかりだ。そして後腐れなくヒカリはその女から身を引く。見た目からは想像もできない器用さで女を操縦する。
「刺されでもしたら、その減らず口は直るのかしらね」
 アマネはヒカリの口を引っ張る。
「ヒカリとアマネは仲が良いなあ」
「カズミ、どこをどう取ったら、そう聞こえるの?」
「え? エイコ、そういう話じゃなかったっけ?」
 カズミったら、とエイコは吹き出した。四人は談笑しながらあっという間に時間は過ぎた。

 ラウンジが混み始めるのはたいてい十一時を過ぎたころだ。三人はお互いの近況を話して、ヒカリはほとんど聞き役に回っていたが、話題も尽きるとそろそろダンスフロアに移動しようとカズミが提案した。
「踊るの久しぶり、ほら、早く行こうよ」
「カズミったらはしゃぎ過ぎ」
 カズミとエイコが先に階段を下りる。
「すでに眠い」
「踊って解消しよう」
 疲れを見せるヒカリだが、アマネは元気過ぎるほどだった。
 防音のための二重のドアを開けると、重低音が四人の身体を揺さぶった。最低限に落とされた証明に天井に輝くのはミラーボール。音楽は耳で聞くものではなく身体で感じるものだとカズミは実感する。
「キメるわよ!」
 そうアマネは大声で言った。ダンスフロアにあるバーでアマネはテキーラ・ショットを四つ頼んだ。切られたレモンを直にヒカリは口に絞り込むと生のテキーラを流し込んだ。エイコは酒に弱いのでプラスチックのコップでちびちびと飲むが、アマネもカズミも酒を一気にあおった。ヒカリは空のコップをカウンターに返すと壁の花よろしく、DJブース近くの壁に寄りかかった。酔っているわけではない。それがいつものヒカリのスタイルなのだ。フロアはまだ人もまばらだったので踊り放題なのにもったいないとアマネはいつも思うのだが、ヒカリが一番、嫌いなことは口を出されることなので放っておいた。エイコとカズミは本当に楽しそうに踊る。大音量で流れる音楽は意識を遠くに誘う。カズミは決してうまいとは言えない踊り、というか身体を揺らす。気持ちが良い。酒と音楽は最高の組み合わせで、現実が浮遊する。音楽に酔い、酒に酔うというプリミティブな行為。その独特の酩酊感は中毒性があるのではないかと思う。あるのは身体だけで、まさしく四人は裸にされるのだ。夜二時を過ぎるころにはフロアは熱狂の渦にあった。ネイキッドはあっという間に朝を迎えてしまった。

「眩しい」
「もう夏だからね」
 四人は地上に出ると目を細めた。熱気がまだ抜けない身体でふらふらとネイキッドの前にたむろした。
「お腹空いたな。ラーメン食べて帰らない?」
「賛成。行くわ」
 エイコの提案にカズミが乗った。 「徹夜明けなのによくラーメンなんて食べられるわね。私は帰るわ」
「パス」
 アマネとヒカリは帰路に着くと言うので、エイコとカズミは途中で別れを惜しんだ。

 二十四時間営業のラーメン屋に入ると、早速、二人はラーメンを頼んだ。
「エイコ、ヒカリとなにかあった?」
「え、なんで?」
 エイコは箸が止まった。
「あんまりヒカリと喋ってなかったから……何かあったのかなって」
 カズミは妙に勘が良いときがあって困る、とエイコは思った。
「何にもないよ。ヒカリとはいつもこんな感じだよ?」
 平静を装ってラーメンを啜る。
「なら良かった。せっかく四人でいることに慣れてきたからさ、なんかあったら嫌だなあと思って」
「そんなことあるわけないじゃん。そんなこと気にしていると、ラーメン伸びるよ」
 カズミは慌ててラーメンを食べ始めてエイコは笑った。バレるはずがない。だが少しの好奇心が首をもたげるのをエイコは止められなかった。カズミは嫉妬してくれるだろうか? それとも怒るだろうか? しかし決して口にはしない。周到に隠しているのだからカズミに勘づかれることはない、とエイコには自信があった。けれどその日に食べたラーメンの味は砂のようだった。


   ……to be continued.


BGM;A Day In The Park Ryuichi Sakamoto
クラブ・ネイキッドは言わずもがな架空のクラブです。こんなクラブ、あったら行ってみたいものです。


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